来たというので、子供の同窓に対する父の礼儀として、サルンの方へ出て見た。庸太郎はちょうど風呂《ふろ》に入っていた。葉子は紹介者の庸太郎も乗り超《こ》えて、すでにその青年と心持の接触を感じていたらしい折なので、風呂へ入っている庸太郎の方へも何か愛嬌《あいきょう》を振りまいていた。
「お風呂のお加減いかが。」
 などと湯殿の方へ声かけたりしていた。
 含羞《はにか》んだふうで硬《かた》くなっている青年園田を見たとき、その俊秀な風貌と、すくすくした新樹のような若さに打たれながら、庸三の六感に何か仄《ほの》かな予感の影の差して来るのを感じはしたが、それはむしろ客観的な美しい幻影のようなもので、もし卑しい嫉妬《しっと》という感情がいくらかあったとしても、それは理性の力で十分抑制しうる程度のものであった。この年下の純白な若ものを※[#「※」は「さんずい+賣」、第3水準1−87−29、255−下−11]《けが》すようなことは、さすがに葉子も差し控えなければならないことだし、何も事件の起こる気遣《きづか》いはなさそうにも思えたが、この海岸へ来る時、すでにこの青年の存在が、彼女の頭脳《あたま》に何らかの形で意識されていたに違いないのだし、撞球場での初めての印象を想像してみても運命のプログラムには、疾《と》くに何らかの発作的な事件が用意されてあるようにも思えた。
 しかしそれはそれとして、彼は今そのことをすっかり忘れたように、憂鬱で険悪な逗子の家からもしばらく離れていた。
「家へいらっしゃいよ。お花でもして遊びましょうよ。」
 小夜子は言っていたが、そこへ門の開く音がして、昨日また逗子へ遊びに出かけて行った庸太郎がひょっこり帰って来た。彼は自分のことのように少し悄《しょ》げた顔をしていた。
「どうしたんだい。」
 庸三は不安そうに訊《き》いた。
「ちょっとお父さんの耳に入れておかなきゃならないことが起こったので……。」
「逗子で?」
「ええ。」
 庸太郎の話では、今日も園田と葉子と彼と三人で遊んだのだったが、園田に仕かける葉子の悪戯《いたずら》が、すでに二人の接触が危険に陥っていることを語るに十分だというのであった。葉子はいつもの口笛を吹きながら、青年と手をつないで歩いたり、ステッキの柄を彼の衿《えり》に引っかけて後ろから引っ張ってみたりなどなど。
「僕は二人に送られて、汽車に乗り込ん
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