、挨拶《あいさつ》しているうちに、ふと目をあげると、そこに階段をおりて来る庸太郎と葉子の姿に気がついた。二人はぴったり肩を押しつけるようにして、爪先《つまさき》をそろえ、いくらかあらたまったような表情で、何か話しながらそろりそろりと降りて来た。庸三は見ては悪いものを見たような気持で、にわかに目をそらしたが、二人は多分気がつかずに、傍目もふらず彼のすぐ目の前をゆっくりゆっくり通って行った。
大分たってから席へ復《かえ》ると、二人はもうそこにいて、
「どこへ行っていらして?」
と葉子はきいた。
「私たち先生を捜していたのよ。ここへ還《かえ》ってみると、いらっしゃらないもんだから、方々捜しまわりましたわよ。」
「まあいい。」
「よかないわ。貴方《あなた》に不機嫌《ふきげん》になられて、ダンスを見る気分も壊れてしまったわ。だからお誘いしたら素直に来て下さるものよ。」
葉子は目を潤《うる》ませたものだったが、その時分から見ると、退院後に起こった事件をも通りこして、二人の神経も大分荒くなっていた。今度は脚の運動のよく見える階上に席を取っていたが、幕間《まくあい》に庸三は、ふと下の廊下で傷心な報告を子供から受け取った。
「ちょっとお父さんにお話ししたいことがあるんで……いや、別にそう心配なことじゃないんですけれど。」
庸太郎がそう言って、彼を円形のクションに誘うので、そうでなくてさえ留守のことが始終気にかかっていた庸三は、ちょいと神経が怯《おび》えた。
「話さない方がいいかとも思ったんですけど、ちょっとお父さんの耳へだけ入れておかないと……」
庸三はちょっと見当がつかなかった。いつも学校でみんなから変な目で見られて憂鬱《ゆううつ》になっている長女の身のうえか、それとも稚《おさな》い次女に何か起こったのかと、瞬間目先きが晦《くら》んだようだった。
「実は庄治《しょうじ》が金を卸して、少し無茶をやったんですがね。」
庄治は庸三の二男であった。
「いくらくらい?」
「五百円おろして、うち三百円を一晩に使っちゃったんですがね。」
「どこで使ったんだ。」
「吉原《よしわら》です。それも日本堤の交番から知らせがあったので、実は昨日小夜子さんと一緒に身元を証明して引き取って来たんですけれど、使い方が乱暴なので怪しいと睨《にら》まれたらしいんです。」
到頭そこまで来たかと、庸三もち
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