人もあるわね。少し親切にすると、すぐ上《かみ》さんにならないかなんて言ふ人があるわ。だけれど其もこゝにゐるからこそ然うなんだよ。出てしまつちや、やつぱり駄目さ。」彼女は慵《ものう》げな声で言つて、空で指環を抜差《ぬきさし》してゐた。
「それはかうした背景に情趣を感ずるとでも言ふんだらうけれど、そんなのは駄目さ。ほんとうにその人を愛してゐるんでなくちや。」
女はまた「ふゝ」と笑つた。
「瞞《だま》すつて一体どんな事なんだい。」
「まあ惚《ほ》れさうに見せかけるのさ。」女は吭《のど》で笑ひながら、「だけれど私には何うしてもそれが出来ないの。たゞお客を大事にするだけなの。それに私なんか恁《か》う見えても温順《おとな》しいんだから、鉄火《てつか》な真似なんか迚《とて》も柄にないの。ほんとうに温順しい花魁《おいらん》だつて、みんなが然《さ》う言ふわよ。」
「あゝ」と、男は悩ましげに溜息をついたが、暫くすると、「僕は君のやうな人は、一日も早くこゝを出してあげたいと思ふね。」
「ふゝ」と、女は又持前の笑顔を洩《もら》した。「そして、何うするの。お上さんにしてくれて?」
「いや、そんなことは何うでも
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