さうね、御内所の方は幾日ゐたつて介意《かま》やしませんわ。私貴方のお手紙で、海へでも遊びにいかうと思つて、来たんですけれど……それには色々話したいこともあるにはあるんですの。でも私こゝにゐても可いの。」
「それあ可いんだけれど、何なら町の方で宿を取つてもいいと思ふね。」彼は女に安心を与へるやうに言つたが、何処においていゝかと惑《まど》つてゐる風であつた。
話が途切れたところで、彼女は持つて来た土産物を出して、「急に思ひついて来たんですから、何にももつて来なかつたのよ」とさう言つて、彼の前においた。
彼はたゞ大様《おほやう》に頷《うなづ》いたきりであつたが、やがて女の傍を離れて、母屋《おもや》の方へ行つた。
彼の家《うち》は農家ではあつたが、千葉の方から養子に来た父は、元が商人出であつたから、ちよい/\色々《いろん》なことに手を出してゐた。東京へも用達《ようた》しに始終往復してゐて、さう云ふ時の足溜りに、これまで女を下町の方に囲つておいたこともあつた。
大分たつてから、一人の女中がお茶や菓子を運んで来たが、間もなく彼も飛石づたひに此方《こつち》へやつて来た。
「母に話したら、是非
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