にいろ》した新鮮な水蜜桃《すゐみつたう》が、盆の上に転つてゐた。
「しかし能く来てくれたね。まさか君が今頃来ようとは思はないもんだから、ふつと顔を見たときには、君の幽霊か、僕の目のせゐで幻《まぼろし》が映つたのかと思つて、慄然《ぞつ》としたよ。」
「さう。私はまた自分の気紛れで、飛んだところへ来たものだと思つて、何だか悲しくなつてしまつたの。夢でも見てゐるやうな気がしてならなかつたんですの。でも貴方《あなた》に会へて安心したわ。道がまた馬鹿に遠いんですもの、私厭になつちまつたわ。」
「夜だから然《そ》う云ふ気がしたのだよ。」
「貴方はこんな処にゐて、寂しかないの。」女はさう言つて四下《あたり》を見まはした。
「こゝが一番涼しいから。」彼はさう言ふうちも、どこかおど/\した調子で、時々|母屋《おもや》の方へ目をやつた。
「私こゝにゐても可いのでせうか。貴方の御母さんや御妹さんに御挨拶もしなければならないでせう。」女も不安さうに言つた。
「いや、いづれ明朝《あした》僕が紹介しよう。それに親父は浦賀の方の親類へ行つてゐるんだ。多分二三日は帰らないだらうと思ふ。当分ゐたつて可いんだらう。」
「
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