た。
 ふと窓さきへ立つた彼女の白い姿を見たとき、彼はぎよつとしたやうに驚いた。
「私よ。私来たのよ。」彼女は嫣然《につこり》して見せた。
「誰かと思つたら君だつたのか。僕はほんとうに脅《おど》かされてしまつた。」さう言つて彼は彼女を今一応|凝視《みつ》めた。
「わたし何だか急に来て見たくなつて、私《そつ》と脱出《ぬけだ》して来たの。まさかこんなに遠い処とは思はないでせう、来てみて驚いてしまつたわ。」
「ほう、そんな好きな真似ができるのか。」彼は蒼白くなつた顔を紅《あか》くして、急いで彼女を内へ入れた。
「上つても可いんですか。」彼女はちよつと気がひけたやうに入口で躊躇《ちうちよ》してゐた。
 家は上り口と、奥の八畳との二室《ふたま》であつたが、八畳から二階へ梯子《はしご》が懸《かけ》わたされて、倉を直したものらしく、木組や壁は厳重に出来てゐたが、何となく重苦しい感じを与へた。で、上つて行つて、蒲団などを侑《すゝ》められると、彼女は里離れのした態度で、更《あらた》めて両手をついて叮嚀《ていねい》にお辞儀をした。彼は面喰《めんくら》つたやうな困惑を感じた。裏の畑にでもできたらしい紅色《べ
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