んや新造と一緒に――時としては一人で、時々|外出《そとで》してゐて、東京の地理もほゞ知つてゐたし、千葉や成田がどの方面にあるかくらゐの智識はもつてゐた。彼の妹は今年十九だとかいふので、何か悦《よろこ》びさうなものをもつて行きたいと思ふと、ふら/\と遽《には》かに思ひついたことなので、考へてゐる隙《ひま》もなかつたところから、客から貰つたきり箪笥のけんどんや抽斗《ひきだし》の底に仕舞つておいた、半玉でも持ちさうな懐中化粧函だの半衿《はんえり》だのを、無造作に紙にくるんで持つて来た。それに浅草で買つた切山椒《きりざんせう》などがあつた。
 避暑客の込合ふ季節なので、停車場は可也《かなり》雑沓《ざつたふ》してゐたが、さうして独りで旅をする気持は可也心細かつた。十九から中間《ちゆうかん》の六年間と云ふものを、不思議な世界の空気に浸《ひた》つて、何か特殊な忌《いま》はしい痕迹《こんせき》が顔や挙動に染込《しみこ》んででもゐるやうに、自分では気がさすのであつたが、周囲の人と自分とを※[#「鼻+嗅のつくり」、第4水準2−94−73]《か》ぎわけ得るやうな人もなささうに見えた。実際また不断からそれを心
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