ちやうだいよ。」
 圭子が気色《けしき》ばんで言ふので、蓮見も、「ぢや、君の好いやうにするさ」と言つて口を緘《つぐ》んだのだつたが、彼とても別に定見のありやうもなかつた。
 皆でおでんを食べはじめた。咲子は誰よりも楽しさうに食べたが、そんなにがつ/\してゐるのでもなかつた。
「あんたとこのおでんと、孰《どつち》がおいしい?」蝶子がきくと、
「うゝん、お父ちやんずつと商売に出ないんだもの。だからね、家ぢや御飯のないこともあるの。馬鈴薯をふかして食べたり、糠《ぬか》にお醤油ついで掻きまはして食べたりした。それにお父ちやん、お酒|呑《の》まないと何も出来ないの。元気がなくなると、お酒を呑んぢやおでん売りに行き行きしたもんだけど。」
 咲子は「えへゝ」と虫歯を剥《む》き出して笑つた。
 圭子は十二三歳の時分、父が大怪我をしてから、貧乏の味はしみ/″\嘗《な》めさせられた方だし、蝶子《てふこ》も怠けものの洋服屋を父にもつて、幼い時分からかうして商売屋の冷飯《ひやめし》を食つて来たので、それを笑ふ気にもなれなかつた。
 咲子は長い舌を出して、ぺろ/\小皿のお汁まで舐《な》めて、きり/\した調子で皿
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