畳へ入つて、寝床に就いた。
翌朝九時頃に、圭子が戸を開けに下へ下りて行くと、昨夕たしかにかけた戸の鍵が下つてゐた。多分咲子が明けたのだらうと思つて、讃めてやるつもりで、二畳の障子をあけて見ると、咲子の頭は見えないで、何か潜《もぐ》りこんでゐるやうな、蒲団が丸く脹《ふく》れてゐた。
「咲子!」
圭子が声かけて、窃《そつ》とめくつて見ると、咲子はゐないで、敷蒲団は一杯の洪水であつた。多分昨夕の蓮見の話で、寝小便やお灸《きう》のことばかり夢みてゐたので、こゝへ来てから長いあひだの経験か父親の戒《いまし》めかで、夜になると湯水を怺《こら》へてゐたせゐで、一度も失敗《しくじ》つたことのなかつたのが、つい取りはづしたものらしかつた。
そして其きり彼女は姿を見せなかつた。
兄の運転手の細君につれられて、彼女が救世軍の手に取りあげられたことが解つたのは、それから五日ばかり経つてからであつた。
咲子は今どこに何をしてゐるか。社会局の人の話によれば、圭子に引取つてもらひたいが、引取る意思がなければ、健康診断をした上、児童保護所へでも送りこむより外、道がなかつた。そして其が太鼓をたゝいて、巷《ちま
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