りで預ることにした。
 蓮見はといふと、彼は咲子に対する興味を、全く無くしてゐた訳ではなかつたし、かうなれば持久戦に入るより外なかつた。教会へでもやつたらとも考へたが、一度すつかり医者に診察してもらはうかとも思案した。それに生理的の欠陥は兎に角、何か一つの魂――正義感のやうなものを持つてゐるのも面白いし、彼が少し熱意をもつて言つて聞かせる場合、彼女の表情には明らかにそれに触れるらしい或る閃《ひらめ》きが認められるので、扱ひ方によつては、長い間には何うかなりさうな気もするのであつた。
「仕方がないさ。かういふものが飛びこんで来るのも、一つの縁だから、当分ぢつと見てゐるさ。」
 或る晩蝶子が出て行つたあとで、雛子にも口がかゝつて来た。咲子は躁《はしや》ぎ立つて、彼女の下駄をそろへたり、伝票を出したりした。
「雛子さん矢張り出るね。今日はこれで二つだ。」
「生意気いふな。あんたが儲《まう》かる訳ぢやないだろ。」
 雛子はいつもの調子だつた。咲子は鏡に映る彼女の黒ダイヤのやうな大きい瞳《ひとみ》を覗きこんで、にこ/\してゐた。
「うむ、雛子姐さん矢張り美しい。」
「美しくなんかあるもんか。」

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