ぢつて、用もないのに抱へ達の出先きへかけたりするので、弱つてゐたが、自分が側にゐる時には、わざと受話器を持たせるやうにしてゐた。蓮見の家の裏には小さいアパートが一つあつて、咲子は蓮見を医者だと思ひこんでゐたところから、それを病室だと信じてゐて、隙《ひま》があると廊下をぶら/\して、部屋のなかを覗きたがつた。
「どうだい、少しおとなしくなつたかい。」
 或日蓮見が藤子に訊くと、彼女は擽《くすぐ》つたい表情をして、
「え、気永にやれば少しづゝ矯正《けうせい》できるかも知れませんけれど、何しろ始末にいけないチビさんですよ。私のいふことだけは、幾許《いくら》かきくんだけれど、松子なんか頭から馬鹿にして、昨日も奥のお火鉢を綺麗に掃除したあとへ行つて、わざと灰を引掻き廻して、其処らぢう灰だらけにしたんですよ。松子がちよつとした用事を吩咐《いひつ》けても、いつだつて外方《そつぽ》むいて返事もしないつて風なんです。松子は泣いてしまつたんです。」
「成程ね。」
「だけれど面白い子ですわ。今日私が机に頬杖《ほゝづゑ》ついてぢつとしてゐると、あの子が傍へ来て、私の顔を覗きこんで、姉さんでも何か心配があるかと
前へ 次へ
全34ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング