はへ、へと笑つた。
「君のやうなおませは、学校の先生も嘸《さぞ》手甲摺《てこず》つたことだらう。」
「え、さうです。それに誰も私と遊んでくれないんです。」
 それよりも、咲子は大人のやうな抑揚《めりはり》のある調子で、講談本を読むのが巧かつたし、侠客や盗賊の名前も能《よ》く知つてゐた。片目を瞑《つぶ》つて丹下左膳の真似もしたし、右太衛門とか好太郎とか、千恵蔵とか、飯塚とし子、田中絹代などの名前も口にした。誰れが好きなのかはわからないにしても、圭子と雛子に長唄をさらひに来る若い師匠には、何か憧《あこが》れのやうな気持をもつてゐて、自身で口から顎《あご》のあたりを撫ぜながら、
「お師匠さんのこゝんとこ、私大好きさ。」
 言ふくらゐだから、ませてはゐるのであつた。
 講談本を好かない圭子は、そこらにある雑誌をみんな隠してしまつたが、馬鹿々々しい少女物をわざ/\買つて当がふ気にもなれなかつた。総ては目が癒つてからのことだし、育てるか何うかも決定した上のことだと思つてゐた。
 それに何よりも厭なことは、この子の見え坊なことであつた。抱への座敷着を見る目にも、さう言つた慾望が十分現はれてゐたし、ま
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