のであつたが、片目の目脂《めやに》が少し減つたと思ふと、今度は他の片方が悪くなつたりして、いつ快《よ》くなるか解らなかつた。トラホームは絶対に癒《なほ》らないと言ふものもあつた。
雛子が時々読本や算術をさらつてやつてゐた。咲子は何か美しいものには魅力を感ずるらしく、何うかすると大口を開いて、雛子の顔に見惚れてゐることもあつたが、お子姓《こしやう》のやうな顔をして、乱暴な口を利きながら、教鞭《けうべん》の代りに二尺|差《ざ》しを手にしてゐる雛子の前で、小型の餉台《ちやぶだい》に向つて、チビはしや嗄《が》れたやうな太い声をはりあげて、面白い節をつけて、柄にない読本を読むのであつた。浪花節《なにはぶし》でもやりさうな咽喉《のど》であつた。
「こら胡麻化《ごまか》しちやいけない。」
雛子は男のやうに口をきいて、咲子を笑はせた。
「雛子|姐《ねえ》さん学校何年やつた?」
「そんなこと聞かなくとも宜《よろ》しい。芸者はラブ・レタさへ書ければいゝんだ。」
「あゝ、ラブ・レタ、雛子姐さんも彼氏のところへラブ・レタやる?」
皆んなが呆れてどつと笑つた。
「ラブ・レタつて何だか知つとるか。」
咲子
前へ
次へ
全34ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング