何か父親に裏切られたやうな気がしながら、理解はもつてゐるものらしく、
「あたい一度お父ちやん助けてやつたんだから、これで可いや。」
 と其時はさう言つて呟いてゐたが、花柳界の習はしは、大体頭へ入つてゐるので、今五六年もたてば、芸者として一ぱし働く積りだつた。蓮見はそれが小憎《こにく》らしいやうな気もした。
「お前、芸者には駄目だよ。」
「何故ですか」
 と言ひさうに咲子は彼を見たが、さういふ時の目は余り感じがよくなかつた。
 咲子は蓮見の注意したとほり、ひどいトラホームで、その上近眼なことが、近所の眼科でわかつたので、二回ばかり焼いてもらつて、毎日家で薬を注《さ》すことになつてゐたが、思ひのほか費用がかゝるので、少し遠かつたけれど、圭子は最初蓮見一家のかゝりつけへ行つたが、更に神田の方の病院へつれて行つた。そこでは焼いたり切つたりするのは、徒《いたづ》らに目蓋《まぶた》を傷つけるばかり、反《かへ》つて目容《めつき》を醜くするし、気永に療治した方がいゝといふので、其の通りにしてゐるのであつた。それに圭子は半ばこの子に絶望もしてゐたので、さう手をかけても詰らないと思ふやうになつてゐた。彼女
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