差して来た。蓮見はその反対に寧《むし》ろ興味を感じはじめてゐたが、興味と実際問題とは別であつた。何《ど》うせ堅気の生活は出来ないやうに出来てゐるとすれば、この子の棲《す》む世界は矢張りかう言つた特殊の環境だらうが、巧《うま》く行けば何処か水商売の女将くらゐにはなれさうに思へたが、そのルムぺン性は海外へでも出て働くのに悪くはないだらうとも思へた。
「あたいが芸言になれば、うんと働いてお父ちやんにお金やる。」
 咲子はさう言つて、高慢な身振をするのだつたが、顔にも自信をもつてゐて、さういふ家ばかり歩いて来たからには違ひないが、毎日風呂へ行くことと、黙つて見てゐれば、蝶子や雛子たちの鏡台の前にちよこなんと坐りこんで、白粉やクレイムを塗るのも好きであつた。
 しかし咲子は時々父親のことだけは思ひ出すものと見えて、「お父ちやんまだ下谷にゐるんですか」と圭子に聞き聞きした。
「もう田舎へ帰つたでせう。」
「でも、帰る前に屹度《きつと》一度は私に逢ひに来ると言つてゐたんです。」
「でも、あの時直ぐにも立つやうに言つてゐたでせう。渡辺のをぢさんが……。」
「ぢや私《あたい》のお父ちやん嘘吐《うそつ》き
前へ 次へ
全34ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
徳田 秋声 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング