むやうな癖のあるのも、トラホームや近眼のせゐではないらしかつた。頭脳《あたま》はひねてゐたし、子供にしては利害の打算も割方はつきりしてゐたが、大きくなるにつれて、何か生理的な欠陥が現はれて来さうな気がしてならなかつた。
蓮見の家庭でも咲子のことが噂されてゐた矢先きで、頭脳が異常に発達してゐるのは、反つて頭脳の悪い証拠ぢやないかとさへ言はれてゐた。
「どうだ少しお前にあづけて見ようか。」
蓮見が長女の藤子に言ふと、
「さうね、『一つ母の手で』やつて見ませうか。」
と笑談《ぜうだん》を言つて笑つた。
咲子の能弁と剛情は、一週間もたたないうちに、皆んなを呆《あき》れさせてしまつた。蓮見が行つてみると、いつも彼女は茶の間の集まりのなかにゐて、時には藤子の脇にちやんと坐りこんで、餉台《ちやぶだい》のうへに煮立つてゐる牛肉で御飯を食べてゐることもあつたし、子供部屋で妹の鞠子《まりこ》の着物に縫ひあげをしてもらつて、着せられてゐるのを見たこともあつた。タプリンも圭子が買つたものより好いものを着せられてゐた。眼科へは家政をやつてゐるをばさんが、連れて通《かよ》つた。
圭子は留守の間に電話をいぢつて、用もないのに抱へ達の出先きへかけたりするので、弱つてゐたが、自分が側にゐる時には、わざと受話器を持たせるやうにしてゐた。蓮見の家の裏には小さいアパートが一つあつて、咲子は蓮見を医者だと思ひこんでゐたところから、それを病室だと信じてゐて、隙《ひま》があると廊下をぶら/\して、部屋のなかを覗きたがつた。
「どうだい、少しおとなしくなつたかい。」
或日蓮見が藤子に訊くと、彼女は擽《くすぐ》つたい表情をして、
「え、気永にやれば少しづゝ矯正《けうせい》できるかも知れませんけれど、何しろ始末にいけないチビさんですよ。私のいふことだけは、幾許《いくら》かきくんだけれど、松子なんか頭から馬鹿にして、昨日も奥のお火鉢を綺麗に掃除したあとへ行つて、わざと灰を引掻き廻して、其処らぢう灰だらけにしたんですよ。松子がちよつとした用事を吩咐《いひつ》けても、いつだつて外方《そつぽ》むいて返事もしないつて風なんです。松子は泣いてしまつたんです。」
「成程ね。」
「だけれど面白い子ですわ。今日私が机に頬杖《ほゝづゑ》ついてぢつとしてゐると、あの子が傍へ来て、私の顔を覗きこんで、姉さんでも何か心配があるかと
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