チビの魂
徳田秋声
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)亦《また》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)兎に角|圭子《けいこ》は
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)けんどん[#「けんどん」に傍点]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ぽちや/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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彼女も亦《また》人並みに――或ひはそれ以上に本能的な母性愛をもつてゐた。間歇《かんけつ》的ではあつたが、五年も六年も商売をしてゐたお蔭で、妊娠の可能率が少ないだけに、尚更《なほさ》ら何か奇蹟《きせき》のやうに思へる人の妊娠が羨《うらや》ましかつたり、子持の女が、子をもつた経験のないものには迚《とて》も想像できない幸福ものであるやうに思へたりしてならないのであつた。子供といへば豕《ぶた》の仔でも好きな彼女であつたので、散歩の途中犬屋の店で犬の子が目につくと、何をおいても側へ寄つて、本当に可愛ゆくて為方《しかた》がないやうに見てゐるのだし、町の店屋などで綺麗な猫が見つかると、そこで余計な買ひものをしたりして、それは其の場きりのものだけれど、その子供を貰ふ予約をしたりするくらゐだつたから、母親に手を引かれて行く子供を看《み》ると、別にそれが綺麗な子でなくても、ぽちや/\肥つてさへゐれば、蓮見《はすみ》に何とか話しかけて振顧《ふりかへ》るのであつた。
「あたい一度子供産んでみたい。」
「いや、真平《まつぴら》だ。」
「療治すれば出来るといふわ、森元さんが……。」
「その時は相手をかへなけあ。」
子供が産めない躯《からだ》だといつてゐた蓮見の死んだ妻は、こんなに沢山の子供を次ぎ次ぎに産みのこして、大きくなつてしまへば、経済や何かの問題は兎《と》に角《かく》として、感情のうへでは別に何でもないやうなものの、人の赤ん坊を見てさへ、彼はうんざりするのであつた。それに生きてゐるうちに、子供の一人々々は何とか片が着かなければならないのが、普通人間の本能であるらしかつた。子供の運命が自身の寿命と生活力の届かないところへ喰《は》み出ることは、誰しも苦痛であつた。母性愛はそれに比べると動物的なものらしいのであつた。
兎に角|圭子《けいこ》は一人の子供をもらふことにしてしまつた。それはちやうど
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