猫の仔《こ》か何かを貰ふやうに、いとも手軽なものであつた。
或日の夜彼はポオトフォリオをさげて入つて行くと、その女の子が皆んなと瀬戸の火鉢に当つてゐた。年は十だといふのであつた。色の浅黒い――と言つても余り光沢のある皮膚ではなかつた。細い額に髪がふさ/\垂れさがつて、頬が脹《ふく》らんでゐるので、ちよつと四角張つたやうな輪廓だが、鼻梁《びりやう》が削《そ》げて、唇が厚手に出来てゐる外は、別に大して手落ちはなかつたし、ぱつちりはしないが、目も切れ長で、感じは悪くなかつた。虫歯の歯並が悪い口元に笑ふと愛嬌《あいけう》があつた。どこか男の子のやうで、少ししや嗄《が》れたやうな声も大人のやうに太かつた。余り小綺麗でないメリンスの綿入れに、なよ/\の兵児帯《へこおび》をしめて、躯《からだ》も小さいことはなかつた。
「今までどこにゐたの。」
「あたい? お父ちやんとこにゐたんです。」
「お父ちやん何してゐるんだい。」
「お父ちやんね、おでんやしてんだけど、体が悪いんです。」
「お母さんは?」
「お母ちやん私の三つの時死んだんです。」
蓮見は昨日圭子から聞いて、この子の生立や環境について一ト通りの予備知識をもつてゐたが、身装《みなり》や何かに裏町の貧民窟らしい匂ひはしてゐても、悪怯《わるび》れたところや、萎《いぢ》けたところは少しもなかつた。寧《むし》ろその反対に、大人の前に坐つてゐても、羞《はづ》かしがりも、怖れもしなかつた。圭子の話によると、咲子といふこの子供の父親は、長いあひだ治る見込みのない腎臓《じんざう》や心臓の病気で、寝たり起きたりしてゐた。商売にも出られなくなつて、間代や何かうんと溜まつてゐた。それも整理しなければならないし、何うせ死ぬなら生れた田舎《ゐなか》で死んだ方が安心だから、いくらかの金をもつて上州の兄のところへ帰りたい。それで咲子をどこか好い人に籍ごとおいて行きたいといふのであつた。
圭子はその前にも近所の人の口入れで、二人ばかり子供を見たことがあつた。一人は籍がないので、蓮見に見せないうちに還《かへ》したが、それが近所の待合に貰はれて、今でも外で圭子の姿を見ると、駈《か》けつけて来て、何か話しかけるし、今一人は月島の活版屋の子だつたが、其の家の地理や隣り近所の有様や、又は小さい子供を多勢もつた親達の夫婦喧嘩をして、瀬戸物や何かを打壊す時の紛紜《い
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