は一たまりもなくくじけてしまうのであった。
「あなたも御承知の、現場で拘引された第一の嫌疑者ですね。あれは林という男ですがね。この男の申し立てと、御子息の申し立てとが、不思議に食いちがっているところがあるのです。林の申し立てによると、彼はあの朝、殺人の行われた空家――あなたのお宅の隣にあるあなたの持家ですね――その空家に、貸家札がはってあるのを見て、一応中を見せていただきたいとお宅の裏口に洗濯をしていた女中さんに言ったのだそうです。すると、女中さんは、玄関の戸は錠がおりていないから随意にはいって御覧なさいと言ったのですね。何でもこの林という男は、その前の日の夕方にも、その家を見に来たのだそうですが、薄暗くてよくわからなかったので、明くる日に改めて見に来たのだというのです。中へはいって、座敷の間取りや、日当りの工合や、便所や風呂場のあり場所などをしらべてから、台所へはいって見ると、板の間に、あの女の死体がうつぶしになっていて、全身に打撲傷を負い、特に後頭部をひどく打ったものと見えて、髪が血でかたまっており、背中には新しい鋭利な小刀がつきさしてあったというのです。この物凄い光景《ありさま》
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