を見て、とりのぼせたのでしょうな、林は、このまま出たら、てっきり自分に嫌疑がかかると思いこんで、なんとかして、少しでも、死体の発見をおくれさせる必要があると思い、その死体を台所の床下へ匿《かく》そうとしたというのです。その時に、ちょうど、お宅の女中さんの跫音《あしおと》が聞えたので、あわてて飛び出して来たのだそうです。死体を検査した医師の申し立てによると、死体は絶命後すでに十二時間以上を経過しているというのですから、林という男が、その場で兇行を演じたのではないということは明瞭になったわけです。それから、医者の言葉によると、致命傷は、後頭部の打撲傷で、小刀《ナイフ》は余程あとから死体にさしたものらしいということです。」
彼はちょっと言葉をきった。夕日がカーテンのすきまから宝石のように洩《も》れこぼれている。
「もっとも、これで林の嫌疑がすっかり晴れたとは言えないのです。なぜかというと、彼は前の日の夕方にも一度その家を見に来たというのですから、ことによると、その時に兇行を演じて、明くる日になってから、気が気でないので、兇行の現場を偵察に来たのではないかとも疑えるのです。この種類の犯罪には
前へ
次へ
全25ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング