申し上げたように、そういう立ち入った御質問は、わたしの立場としてまことに困るので、本来からいうと何もお答えするわけにはゆかないのですが、ちょうど[#「ちょうど」は底本では「ちようど」]今日は、先程予審調書を発表したところですから、それも今晩の夕刊にはのるでしょうし、たびたび御足労をかけたことでもありますから、今日はまあ内密で、なんなりと御質問にお答えすることにしましょう。で、御子息の精神状態のことですが、なに少し興奮していなさるというだけで、別に異常はないという専門家の鑑定です。」
 判事はちらり[#「ちらり」に傍点]と相手の顔を見た。老教授の顔は土のようになって、眼はもう一つところを見つめる力がなく、まるで瞳孔《ひとみ》から亡者のように浮び出している。ただ吾が子を思う一心だけが、彼の身体を椅子にささえ、やっと相手の話をきき、自分でも口を開くだけの余力をのこしているのだ。
「で、せがれ[#「せがれ」に傍点]は、あの途方もない自首を取り消したでしょうな。まるで根も葉もない……見も知らぬ他人を殺したなどという、とんでもない自首を……もっともあんな馬鹿げた陳述を信ずる人は一人もないではありま
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