すが」と判事はふたたび語り出した。「林の陳述によると、死体は台所にうつぶしになっていて、背部に小刀《ナイフ》がつきさしてあったことになっていますし、実際現場捜査の結果は林の陳述と一致しているのですが、御子息は、死体を玄関にすてたままあわてて外へ飛び出したとおっしゃるのです……。それだけならよいが、近頃になってから、それもあまりはっきりおぼえてはおらぬ。ことによると、あの時夢中で自分が死体を台所までひきずって行ったのかもしれないと言われるのです。しかも、現場をしらべてみると、明かに玄関の三畳から六畳の居間をとおって台所へ死体をひきずっていった形跡があるのです。その上、まあどうでしょう。死体をひきずったあと[#「あと」に傍点]がていねいに雑巾か何かでふいてあったのです。ああいう際には、無意識でこういう用心深いことをやるのですねえ。よくある例です。しかし、それが事実だとすると、御子息の立場は、よほど不利になって来ますねえ。」
 判事はちょっと言葉をきった。彼は、自分の口から出る一語一語が、きき手の心臓へ鑿《のみ》を打ちこむ程の苦痛を与えていることなどにはまるで気がついていないらしい。あるいは
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