気がついていてわざと相手を苦しませて楽しんでいるようにもとれる。
「そういうわけで、何しろ、肝腎《かんじん》のところで御子息の申し立てが曖昧になっておるので、どうにも困るのです。わたしは、何べんも申し上げたように過失であることを疑いませんが、申し立てに曖昧な部分があるようでは、世間が承知しません。検事は、ちょうど戸をあける時に、寝台が倒れて、その下にちょうど被害者がたっていて、しかも倒れた寝台の框《わく》が被害者の急所へぶっつかるというようなことは、とてもこしらえごととしか考えられんというのです。実際、偶然というものは人間の考えも及ばないような場合をつくり出すこともたま[#「たま」に傍点]にはありますが、ああいう誂《あつら》えむきな話を、裁判長に信じさせるということは、まず、余程困難だとみなければなりませんからねえ。」
 もし篠崎判事の目的が、原田教授を苦しめて苦しめぬくことにありとすれば、彼の目的は完全に達せられたといってもよい。なぜかなら老教授は、ただ身体の中心をとって倒れずにいるのがもうせいぜいのように見えるからである。けれども判事の目的は、相手を苦しめぬくよりも以上であるらしい
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