フ短時日の間に、一定の自然条件が甚だしく変化することは殆んどないといつてよい。大正十五年と神武天皇の時代とを比べて見ても日本の気候には殆んど変化は認められぬであらう。古代ギリシヤ人と二十世紀のヨーロツパ人との間には殆んど骨格の相違は認められぬであらう。楊子江の沿岸の土地が肥沃であり、西蔵が不毛の地であるのは、秦の始皇の時代も現代も殆んど変りないであらう。
然るに、文学の全歴史は、せい/″\数千年の間にひろがつてゐるに過ぎぬ。さうして、その間に甚だ顕著なる変化をしてゐるのである。若し、自然的条件が、文学の変遷を決定する唯一の原因であるとするならば、原因は殆んど変らないのに結果だけが目まぐるしく変つてゐるといふことになり、因果の原理は廃棄されねばならぬことになる。且つ又、人間は自然を征服する、たゞ自然に条件を強制されたまゝになつてゐるのではない。このことは近代の科学、及び工業の驚くべき進歩が立証してゐる。そこで、一社会のイデオロギイ、そしてそれを通じて文学をさま/″\に変化させるには、自然的条件以外に、もつと直接的な、もつと短い時間に作用する条件がなければならぬといふことになる。
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