ゥにしてさめて、眼前には苦い現実の姿が横はつてゐた。自然主義文学が没理想的であり、暗黒であり、暴露的であるのは、さうした社会環境にもとづくものであらう。
次に社会の生産力が増大して、これを所有し得る階級の勢力が俄然として抬頭して来たことは、凡ゆる精神文化を現金主義で彩つた。ロマンチスムの文学にまで色濃く残つてゐた貴族崇拝、古武士気質の礼讃、殉情主義、超俗主義等の思想は、自然主義の暴風によつて影をひそめた。ロマンチツクの人々が、敢へて文学作品の題材にし得なかつたであらうやうな、生々しい、醜悪な題材が、自然主義文学者には平気でとりあつかはれた。政治の平民化とゝもに、ジヤーナリズムが勃興して、それが文学作品にも影響を与へた、かういふ風になつて来ると、人生には、もうロマンスは見出されない。恋も、友情も、忠誠も、すべて平凡な現象として観察されるやうになつて来る。自然主義文学の一面の特色である平凡主義は、かういふ事情に胚胎してゐるのである。
けれども、自然主義文学に、最も本質的な影響を与へたものは自然科学の勃興であつた。この自然科学の勃興が、当時の経済事情――産業の機械化――と密接な関係をもつ
前へ
次へ
全35ページ中29ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング