口へ、十枚ばかりの頼信紙を出しているところであった。その男は、何か不幸な事件でもあったと見えて、あとからあとからと頼信紙へ同文の電文をつけている様子だった。
田中は、まだかまだかと督促《とくそく》してもどかしがった。
「親戚に急な不幸がありましてな」件《くだん》の労働者は気の毒そうに田中にわびた。
里村がそこへ息せききってかけつけた。
二人はものの四十分もまちぼうけをくった。里村はもうあきらめているらしかったが、田中はしきりに時計を出して見て、「ちえっ」夕刊の締切に間にあわん。としきりに舌打ちした。
やっとのことで労働者は二人に恐縮そうにお叩頭《じぎ》して出ていった。
田中は入れかわって電報取扱口にたった。
里村は田中の原稿を見て、「たっぷり二十分はかかるね」ともうあきらめながら言った。「一寸その間に用たしをして来るよ、どうせ僕の方は夕刊にまにあいっこはないのだから」と云いながら彼は出ていった。
道の二町もいった頃彼はさっきの労働者にあった。
「どうも有《あ》り難《がと》う、お蔭で僕の方は夕刊にまにあった、これは少しだが」
彼は十円札をつつんでわたした。
「どうも相すみ
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