がさきにゆきつくことは必定だ。
 里村は気が気でなかった、波止場はすでに向うに見えている。彼はいても立ってもいられなかった。ことに、自分の体力に信頼しきって悠然とかまえている田中のそばにいるのがもう辛棒できなかった。彼はふらふらとデッキのベンチをたち上って船室へ降りていった。
 田中は安心しきっていた。彼は靴のひもを結びなおし、腰のバンドをしらべ、帽子を眉深《まぶか》にかぶり直し、万が一にも手ぬかりのないように、いざといったらすぐに駈けだすことのできるように用意していた。三四分もたつと里村が船室にもいたたまらぬと見えて、矢張り浮かぬ顔付をしてデッキへ上って来た。競争が切迫するにつれて二人は緊張しきってもう一言もものを言わなかった。

     二

 船はいよいよ波止場へついた。人夫が船を岩壁へひきよせる間も、デッキから波止場へ厚い板でブリッジがかけられる間も二人は、気が気でなかった。
 やがて船客は降船しはじめた。田中は第一に船を降りて、韋駄天《いだてん》のように駈け出した。里村はそれにつづいた。
 田中が郵便局へ息を切らしてついた時には生憎《あいに》く、町の労働者風の男が、電報取扱
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