関係! といっても、まことに他愛のないものではある。思春期の男子に通有の、一種の女性崇拝とでもいった心的状態が、偶然に崇拝の対象として彼女をとらえたまでだったのだ。一体男子がこういう心的状態にあるときは、崇拝の対象となる女性には殆《ほと》んど資格はいらないと言ってもよい。ただ人なみの容貌とほんのちょっとしたインテリジェンスの閃《ひら》めきとをさえもっておればそれで沢山だ。大宅《おおや》――これから彼の本名で呼ぶことにしよう――大宅|三四郎《さんしろう》は、その頃法科の三年生だった。女は朝吹光子《あさぶきみつこ》といって、その頃|浅草雷門《あさくさかみなりもん》のカフェ大正軒の女給の一人だったのである。
 大宅は十数人の女給の中で、どういうわけか光子を崇拝の対象としてえらんだ。彼女は別に他の女給に比してすぐれた点をもっていたわけではないが、笑うとき両頬に笑《え》くぼができることと、滑らかな関西|訛《なま》りとがことによると大宅の気にいったのかも知れぬ。が実は大宅自身にだって、なぜ特に彼女が気に入ったかという理由はわからなかったのだし、そんなことはわからぬのが当然でもあったのだ。
 はじ
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