山吹町の殺人
平林初之輔

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)血の気《け》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)夜店|商人《あきんど》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)あの家[#「あの家」に傍点]
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        一

 男の顔にはすっかり血の気《け》が失《う》せていた。ふらふら起《た》ち上《あが》って台所へ歩いてゆく姿は、まるで幽霊のようだった。出来るだけ物音をたてないように用心しながら、彼はそっと水道の栓《せん》をねじって、左手の掌《てのひら》にべっとりついている生々《なまなま》しい血糊《ちのり》を丹念に洗い落した。それから、電灯の下へ引き返して、両手をひろげて、何べんも裏返して見たり、斜《ななめ》にかざして光にすかして見たりして、指の股や、爪の根元に至るまで、精細に検査した。
 ほっとした様子で、彼はぼんやり床《ゆか》の上へ眼をおとした。そこには一人の若い女が、見るも無残な殺されかたをして横《よこたわ》っていた。左の乳房の下部、ちょうど心臓の真上と思われるところを、手拭地の浴衣《ゆかた》の
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