上から、ただ一突きに短刀で突き刺されて仰向けに倒れ、左手はあわてて傷口のあたりをおさえたような恰好になって血の中に埋《うず》まっており、右手は右の鬢《びん》のあたりまで上げられたまま硬直していた。下半身もしどけなく取り乱してはいたが、別段ひどい格闘の行われたようなあともなく、急所をねらったただの一突きで即死したものらしかった。
凝乎《じっ》と見つめていると、躯幹《くかん》とほぼ直角につきさされたままになっている短刀の柄《つか》が、かすかに動いているようにも見えたが、その実、傷口の周囲に夥《おびただ》しく流れている血液の表面にはもう大きな皺《しわ》ができていた位だから、被害者が兇行を受けてから、既《すで》に少なくも一二時間を経過していることは確実であった。
男はくるりとうしろを向いて押入れの襖《ふすま》をあけ、メリンスのかけ布団を一枚出して、ふわりと屍体《したい》の上にかけた。短刀の柄のところが少し凸出《とっしゅつ》してはいたが、何も知らぬ人が見れば、まるで、疲れてぐっすり熟睡しているように見えた。
突然、男は屍体のそばに膝をついた。そして、如何《いか》にも感慨にたえぬような様子で
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