でひき返して電車にとびのった。

        二

 証拠をのこさないように非常に用心したに拘《かかわ》らず、既に二つの重大な手落ちをしたことがひどく彼の気を腐らした。一つは、昨日《きのう》被害者に出した手紙をどうしても発見することができなかったことだ。昨日の夕方|丸《まる》の内《うち》でポストへ入れたのだから、今日の午前中にあの手紙はついている筈だ。して見ると九分九厘《くぶくりん》まではあの家《うち》の中にその手紙はのこっているに相違ないし、家の中にのこっている以上は、おそかれ早かれ臨検《りんけん》の警官に見つかるにきまっている。しかもその手紙には、今日の夕刻役所からの帰りにあの家[#「あの家」に傍点]へ立ち寄るということが記《しる》されてあるのだ。
 彼は電車に乗って間もなくしまった[#「しまった」に傍点]と思った。あの手紙は女が懐中か或《あるい》は袂《たもと》の中へ入れていたのにちがいないということが気がついたのである。女の身のまわりを探さなかったことは何という取り返しのつかぬ不覚だったろう。彼には、被害者の襟元《えりもと》から、水色の封筒のはしがはみ出しているのが、まざまざ
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