いたに相違ない。そいつが、靴をかくして自分をまごつかせてやろうとたくらんだのだ。ことによると、もうおもてには警官が待ちかまえていて、自分が一歩門外へ足を踏み出すが早いか、自分の手には鉄の手錠がはめられるような手筈になっているのかも知れぬ――こういう疑いが、稲妻のように彼の頭を横《よこぎ》って過ぎた。手頸に冷たい金属が触れたような感覚さえおぼえた。彼は急いで女下駄を爪先《つまさき》にひっかけて、夢中でおもてへ飛び出した。
意外にも、そとには何の変ったこともなかった。彼は張り合抜けがしたような気のゆるみを感じたが、それでも矢張りまんべんなく周囲に気をくばりながら、路地を抜けて通りへ出た。
暮れて間もない山吹町《やまぶきちょう》の通りは、いつものように大変な人出であった。夜店|商人《あきんど》のまわりには用もない通行人がたちどまって、そこここに人垣をつくっており、夜店などには眼もくれない連中《れんじゅう》が、両側の人垣の間を、ひっきりなしに次から次へと往《ゆ》き来していた。こういう人ごみの中へ出てしまうと、彼の真蒼《まっさお》な顔も人眼をひく程目だたなくなり、背広をきて女下駄を穿いている
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