罪をきてやろうかとも考えた。しかし、そんなことをしたところで嘉子の身は矢張り破滅だ。彼女は、自分に罪をきせてだまっているような女ではない。矢っ張りこのまま何事もわからず、闇から闇に葬られてしまえばよいがなあ――
彼が妄想にふけっているうちに、いつのまにか眠っていたらしい嘉子の唇がその時突然動いた。
「許して下さい、光子さん。あーれ、光子さん――」
三四郎は飛び上《あが》るほどびっくりして、
「どうしたんだ、おい」
と次の文句を聞くのがおそろしさに、嘉子の肩の辺《あたり》をつかまえて揺《ゆす》り起した。嘉子はびっくりして眼をさました。
「ああ怖かった。夢でしたのね。ああよかった。妾《わたし》何か言って?」
「何かうなされていたよ」
「まあこわかったわ――でも不思議ね。ちょうど妾《わたし》が考えていることを夢に見たのよ」
「どんな夢を見たんだ?」
「あなたが気を悪くするといけないから今は言えないわ。ああ恐ろしかった」
彼女はまだ恐ろしさにふるえていた。三四郎も恐ろしさにふるえた。恐怖にとらわれて二人は思わず顔を見あわせた。そして、相手の形相《ぎょうそう》を見て更《さら》にふるえた。
前へ
次へ
全38ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング