えらばない。どんな残忍な、どんな陰険な手段でもとりかねない。色情のために犯された放火や殺人|等《とう》の惨劇は枚挙に遑《いとま》ない程ある。――考えれば考える程、恐ろしい疑いは益々具体的な形をとって来るのであった。
――元来、女は嫉妬という兇器をもっている。恋することの強い女ほど嫉妬も強い。「嫉妬せざる女は恋せざる女なり」というオーガスチンの言葉を逆にすれば、「恋する女は嫉妬する女なり」ということになる。ところで嘉子は自分を熱愛している。自分を熱愛していることは、光子に対する強烈な嫉妬の存在を証《しょう》するわけだ――
嘉子も長く眠《ね》つかなかった。三四郎は嘉子の小さい頭の中で、良心が彼女をせめさいなんでいるさまを想像していじらしくなって来たが、それと同時に、あくまでも自分の犯行をつつんで、表面平気を装うているらしい彼女の大胆さがにくらしかった。
いずれにしても、光子の家で、へまな証拠をのこして来たことを彼はかえすがえすも後悔した。あれがもとで足がついて、嘉子の犯罪が発覚するようなことになったら大変だと彼は思った。もしもの場合には、証拠をのこしておいたのを幸いに、自分ですべての
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