すればこそ、嘉子はあんな大胆なことをしたのだ。法網をくぐるのはよいことではないが、あの女が法のさばきを受けるとなると、自分は手を下さずして二人の女を殺したも同然になる。何とかしてこのままにそっとすましてしまいたいものだ――
四
三四郎はその晩一睡もできなかった。宵《よい》に目撃した惨劇、それにつながる様々な回想と、臆測とが、次から次へと彼の頭の中を交替して占領するのであった。神経は針のように尖って、ごとりと音がしても、警官がふみこんで来たのではないかと思ってひやりとした。
――嘉子が果《はた》して犯人だろうか? ――この疑いは特に彼を苦しめた。
――女というものは異常な場合には異常なことをし兼ねない性質をもっている。特に愛する男のためには、想像もできないような残忍性を発揮することがある――とりわけ――彼はバルザックの言葉を思い出した――女というものは、一度別の女のものであった男を愛する場合には、全力を賭《と》して戦うものだそうである。しかも、彼女の場合がちょうどそれにあたるではないか?
――二人の女が――しかも多感な女が一人の男を奪いあう場合、彼女達は手段を
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