戚のものだって言っといたわ」
「なんだ、戸籍しらべか? それっきりだったかい?」
「帰りがけににやにや笑っていたわ。きっともう知っているのよ」
「何を知ってるんだ?」
「………」
三四郎は思わずにじりよったが、不図《ふと》勘ちがいで真面目になりすぎたことに気がついて、あとは笑いにごまかしてしまった。
それっきり二人はだまって食膳に向った。今朝の喧嘩のことも光子のことも二人とも一語も言わなかった。但し三四郎は嘉子の様子をそれとなく注視していた。彼には何もかもが意外だらけだった。恐るべき罪を犯した筈の嘉子のあの驚くべき落ちつきはどうだろう。ことによると嘉子は何も知らぬのじゃないかしら。いやそんなことは絶対にあり得ない。今朝の彼女の言葉、いま光子のことをわざと一言も言いださぬ点、つとめて落ちついた態度を装っているらしいこと、それ等《ら》の事実は、すべて彼女が犯人だという断定に帰着してゆくのであった。
――しかし、すんだことはしかたがない。なるべくこの事件は、このまま秘密に葬られてしまってくれればよいが、人を殺すというようなことは許すべからざる大罪だが、もとはみんな自分のためだ。自分を愛
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