体となってしまっていたのだ。

        三

 光子の屍体を見出した瞬間から、大宅三四郎の頭には、どうしても抹殺《まっさつ》することのできない疑いが執拗《しつよう》に巣くった。彼はこの疑いに触れることを恐れて、わざと避けていたのであるが、避けようとすればする程、益々はっきりとした形を帯《お》びてくるようにすら思われた。
 彼は自分の家へ入るのを恐れた。――嘉子はもう帰っているだろうか? どうしているだろう。犯した罪の恐ろしさに泣きくずれているのじゃなかろうか? もう既に警官に発見されて引致《いんち》されたのじゃなかろうか?――
 まるではじめての家を訪れる時のように、彼はしばらく我が家の前に佇《たたず》んで思案をこらしていた。家の中は森閑《しんかん》としていて別に変った様子もなかった。とうとう彼は思いきってくぐりを開けた。
 玄関へ迎えに出た嘉子の態度にはひどく平常《ふだん》と変った点はなかった。ただいつもとちがっている点は、殆んど口かずをきかないこと位だった。しかし、それは今朝役所へ出かける時に傷つけられた感情の余勢と見る方が自然な位であった。
「まあどうしたんでしょう」大宅
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