デムカイタノムキミ』となっているんです。かわいそうにその男は情婦が殺されたのも知らずに帰って来てさぞ吃驚《びっくり》することでしょう。しかし、この男をといただして見れば、被害者の身許や、大宅との関係などももっと詳しくわかるかも知れませんから、証人として直《す》ぐに引致する手筈になっています。それに今のところ屍体の引取人もありませんから」
 上野探偵はポケットから時計をとり出して見ながら言った。
「十時二十一分に飯田町《いいだまち》へつくんですね。で木見という男の人相はわかっているんですかい?」
「そりゃ大正軒の女給の話でわかっていますが、念のためにその女給に駅まで行って貰うことになっています」
「そりゃよかった……ではもうすぐ十時ですから、私もちょっと駅まで行って見ますかな、ここから歩いて行ってもまだ間にあいますね。ああそうそう。忘れていたが、手紙と電報とは矢張り被害者の懐中にあったのですな?」
「懐中と新聞にあるのは間違いで、袂の中にあったのです」と佐々木は新聞の報道の杜撰《ずさん》を証明するのはこの時だとばかり少しそり身になって言った。
「手紙の封筒に血で指紋がのこっていたというのはほんとうですか。今見張りの警官にきいてきましたが? しかも指紋は被害者の指紋ではなかったということですな?」
「そのとおりです」
「被害者の家の状差しは空っぽでしたが、あの中には屍体が発見された時から手紙類は一つもはいっていなかったのですか?」
「そうです」
 上野はポケットから一葉の古新聞をとり出して警部に渡した。
「現場でこれを拾って来たのですがね、何かの参考になるかも知れませんからお渡ししときましょう」
 佐々木警部は小さく折って折り目の大分《だいぶ》すれている××新聞を、大急ぎでひろげてずっと標題《みだし》に眼をとおしながら言った。
「昨日の新聞ですね、これは、何か変ったことでもでているのですか?」
「六面をよくごらんなさい。」
「ほほう、これは静岡版ですな。ここに何か出ているのですか?」
 佐々木の視線はいそがしく活字の上を走った。
「何も出てはいないのですが、犯人が昨日静岡県からか、若《も》しくは静岡県下の駅を通過して東京へ来たものだということがこれでわかるじゃありませんか? 東京ではこの版は売っていませんからね。ところで、私は時間がありませんから、ちょっとこれから駅へ行
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