だけのことを是非言っておかないと弁護士という職業に従っている私の妙な態度を誤解される恐れがあるから、ちょっと言っておくのである。
閑話休題、今村が本郷の通りを真っ直ぐに、上富士前へ出て、横町を左に折れて木戸坂の方へさしかかった時は、もう時計は十一時を大分まわっていた。
あたりに立ち並んでいるしもた[#「しもた」に傍点]家には、軒灯のついているのは珍らしい位なので、道筋は概して薄暗かった。町はずれの夜中の十二時前、しかもひどい吹雪と来ては、よっぽど差し迫った用事のある人でなければ門外へ足を踏み出す気遣いはない。一つ場所に三十分もたっていても、恐らく一人の人間にも出遇うことはないであろう。
こういう寒い晩には、今村の細君は湯豆腐をこしらえておいてくれる習慣になっていた。今村は急に空腹を意識して、熱い湯豆腐を眼の前に想像しながら足をはやめた。その時、彼はだしぬけに、脳天のあたりにひどい衝撃を感じた。非常に堅い物体で力一ぱいかーんと喰らわされたような感じだった。くらくらと脳髄《のうずい》が痺《しび》れたような感覚があったかと思うと、ぱったりその場に昏倒してしまった。それは、ものの二秒とも
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