る人生の行路者は果して幸福であろうか? 私は即座に否と答えるに躊躇しないのである。何となれば、彼の頭の中にえがかれている人生と現実の人生との間にはあまりにも残酷な溝渠《こうきょ》が穿《うが》たれている。少くも今日の世の中では今村のような人間の存在そのものが甚だ不自然である。人間社会に行われている自然淘汰は、彼のような病的な存在を長く許しておく筈がないのである。今の社会に生きてゆくためには、もう少し悪ずれのしていることが絶対に必要である。今村のような人間は、人間社会を支配している機械の歯車の中へ不用意に飛びこんだ蝿のようなもので、それが圧《お》しつぶされてしまうのは自然でもあり、必然でもあるので、それを今更ら悲しんだり同情したりするのはもう遅過ぎるのである。これから私が語ろうとするエピソード、即ち彼が社会の歯車でおしつぶされた次第は、多少不自然のきらいがないでもないが、決して珍らしいことではなく、こういう人間に必らずふりかかって来る運命なのだ。もっと目立たない形で、人間の社会にざらに行われている平凡な現象の一つの要約《レジュメ》と言えば言える位なものに過ぎないのだ。蛇足のようであるがこれ
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