が帰途で受けた傷を何か人間の行為ときまっているような口吻《くちぶり》を洩らすが、あれは人間の行為じゃないよ。あれは、三十尺位の高さから、直径二寸あまりの枯木の枝が、ちょうど今村がその下を通りかかる時に墜落したのだ。珍らしい出来事だがあり得ないことではないよ。少なくも、その位の枯木が今村が奇禍にあった場所に落ちていたことは、僕が此の眼で実際に見たんだから確実だ。それに、ちょうど脳天へ傷を受ける可能性はこれ以外に想像できないからね。それから、ちょうど折悪しくその時刻にもう一つの出来事が京橋の事務所で起ったのだ。それは、小使のおやじが、火の用心のために部屋を見廻っている時に心臓麻痺で倒れた拍子に床でこっぴどく頭を打ったのだ。臨検の医師は、頭部を兇器で打たれて、そのために心臓麻痺を起して倒れたのだと言っているようだが、これは時間にすれば殆んど同時であるが、原因結果の順序は逆になっている。兇器がいくら探しても見つからぬのは兇器がないからなのだ。そこへ用事があって事務所へ来た社長が小使の屍体を発見して警視庁へしらせ、臨検の警官が、今村が運悪くその場へ落していった手袋を発見して、彼を有力な嫌疑者とに
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