満面に浮べて相手を見た。すると、今まで神秘的な眼つきをして空間の一点を見つめていた瀬川は、おもむろに口を開いて語り出した。
「矢っ張り君もそう思ったかね。僕も新聞を見たときには君と同じように考えても見たが、どうもそれはこじつけだよ。君のような法律家には、人間界に起る凡ての現象が法律の範疇の中で動いているように見えるかも知れない。凡ての出来事が関聯し、関聯した出来事はすべて人間の意志に操られて計画的に進行しているように見えるかも知れない。けれども、僕に言わせると、あの事件は、何もかもが無関係で偶然だよ。それを勝手に人間が結びつけて、犯人のないところに犯人を製造しているのだ。君たちは、人間が少しかわった死にかたをすれば、必らず殺した人間がなければならぬと考える。死人のそばにあるものは、紙屑一つでも、その犯罪に関係のある証拠品のように考える。犯罪と同時刻に起った出来事は、何でも、その犯罪と因果関係をもっているように思い込む。仮りにいたずら者があって、屍体のそばに百人ばかりの名刺と十種ばかりの兇器とをばらまいておいたら、君たちは一たいどれを『有力な証拠品』と見なすつもりだい。君は今になって今村
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