た。ニューヨークの摩天楼のてっぺんから、真逆様に墜落するときに感ずるでもあろうような、何とも施しようのない、ただ落ちるがままにまかせておくよりほかに仕方のないような宿命を感じた。
昨夜のことがきれぎれに彼の頭をかすめて通りすぎる。細君の顔と刑事課長の顔とが消えたり浮んだりする。その度びに彼は脳髄の中へ氷の棒をつきとおされるような思いがした。
それから間もなく臨検の一行が帰り、証人として浅野社長も召喚されて、予審廷が開かれたことは言うまでもないが、その内容は今のと大同小異だからここで発表する必要はなかろう。ただ翌日の新聞の夕刊(朝刊の記事には間にあわなかったので)には「浅野護謨会社小使惨殺さる」という記事の標題《みだし》として「加害者は同社の事務員」と記され、今村がすっかり罪状を自白してただちに未決監へ収監された記事がのっていたことだけを言っておけばよい。
八、むしろ永久に未決監に
今村は今も未決監にいる。彼が無罪であることは、彼からきれぎれに聞いた話を綜合して、今読者に語っている、彼の係りの弁護士なる私はかたく信じている。けれども彼が法律上無罪になるかという問題にな
前へ
次へ
全39ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング