ると、私には必らずしもそれは保証できない。弁護士として甚だ不謹慎な放言をするようであるが、実際自分は自分の弁論の効果に余り自信がもてないのである。第一彼は、あの晩に家へ帰る途中で、奇禍にあったことを一度も裁判官に言っておらぬし今になってそんなことを言い出せば、却って疑を深くするような立場にある。然るに、犯行は十一時頃と鑑定されているからこれを言わなければどうしても現場不在証明が立たぬ。第二に彼は、その時に受けた頭部の打撲傷を判事に発見されたときに、それになるべく自然らしい説明を与えようとして、途中で転んで頭を打ったと申し立てている。ところが、これは極めて不自然な説明となっている。何故かなら、あの打撲傷はかっきり脳天に受けているのであるから、真逆様に転んだのでなければ、あんなところに傷のできる気遣いはない。然るに歩いている人間が真逆様に転ぶことはあり得ない。第三に、事務所に彼が忘れて来た手袋がちょうど被害者のそばに落ちていたということは、あまりにもフェータルな暗合である。勿論手袋だけなら単なる一つの薄弱な情況証拠としかならぬが、他の証拠と重なり合って来ると、これは、容易ならぬ、殆んど決定
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