課長はそれを決定的な有罪の証明であると判断して、別段返事の督促もしないで次の訊問に移った。
「この手袋は君のだろう?」
 彼はデスクの上にのせてある一つの駱駝《らくだ》の手袋をさし示して言った。
「そうです」
 と先刻から不思議そうにそれを見ていた今村は承認した。
「この手袋の片一方はどうしたかおぼえているか?」
「途中で落したと見えてありませんでした」
「どこで落したかおぼえがあるか?」
「ありません」
「君は小使を撲殺した時に、不注意にも現場に落してきたのだ。被害者のそばに落ちていたということだぞ。臨検の警官からの電話で、君の手袋の片一方が発見されたことが明瞭になっているのだ」
 今村は、頭から尻へ、串でつきとおされたような気がした。彼を犯人だと信じきった課長は、勝ち誇った勝軍の将が、敵の降将に降伏条件を指定する時のような、確信に満ちた態度で言った。
「どうじゃ、おぼえがないとは言えないだろう?」
「おぼえはありません」
 と今村は低声《こごえ》で呻《うな》るように云った。そして、こんな返事は却って、おぼえのある証拠であるように思えて、自分で自分のへまさ加減がいやになった。
「おぼ
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