て大きくうなずいた。
「君は昨夜、浅野護謨会社の小使を殺したろう?」
 獲物に向って発射した弾丸《たま》の手ごたえを見定める時の、熟練した猟夫のような眼で、課長は穴のあく程相手の顔を見た。今の不意討ち的訊問の手ごたえを見てとろうとしたのである。
 ところが、彼の期待とは打ってかわった妙な反応があらわれた。今村はぽかんとして、無感動な調子で「何ですか?」と訊きかえした。実際よくききとれなかった様子である。課長は、化学反応の実験がうまくゆかなかった時の理科の教師のように小首をかしげた。しかし彼はすぐに気をとりなおした。
「浅野護謨会社の小使を殺したのは君だろうというのだ」
 課長は、相手を容易ならぬ強敵と見てとって、できるだけ冷静に言った。いくら隠しだてしたって、こちらでは何もかもわかっているということを犯人に強く印象させる必要のある時に彼が用いる態度である。
 今村は、はじめて、自分が容易ならぬ嫌疑を受けているらしいことを自覚して、総身《そうみ》に水を浴びたように胴慄いした。そしてこれまでの自分の返事が、みんな自分の実際の気持ちを裏切って相手に不利に解釈されていることに気がついて底知れぬ
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