った位であった。ところが、あいにく自分が青天白日の身で何も白状すべきことがないので、彼は、課長に対して申しわけのないような気の毒なような気がするのであった。そこで、せめて課長の訊問に対して、できるだけ丁寧に答えるのが、自分の義務でもあり、愉快な人道的な行為でもあると考えた。
「そうです」
 と彼は心から恐縮しきって答えた。
「いずれ詳しいことは判事から審問がある筈だが、君は、何故拘引されたかわかっているだろうね?」
 彼は忽ち返事に窮した。実際彼にはさっぱり拘引された理由がわからなかったのである。しかし「わかりません」と鸚鵡《おうむ》返しに言ってのければ、余計に相手の疑を増すことにもなり、それに第一無礼にあたるような気もした。少し妙ではあるが、ことによると帰り途で最初の一撃にあったことと関連して、何かの人違いで自分が拘引されたのかも知れぬとふっと気がついたが、さればと言って「わかっています」と言いきるのは相手を馬鹿にしたようで如何にも図々しすぎる。
「はっきりとはわかりませんが……」ともじもじしながら彼は答えた。
「はっきりわからなくともおぼえはあるんだね、よしよし」と課長は独り合点し
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