、かいつまんで話した。電話をきいているうちに、課長の顔には次第に職業的緊張があらわれ、「すぐ行きます」と打ってかわっておとなしい言葉で電話を切ったのであった。そして、彼は大急ぎで服を着かえて、自動車をとばしたのである。
「君が今村君かね?」
と課長は彼独得の、おとなしい、それでいて威厳のある語調《ことば》で口をきった。この語調は彼が官庁の飯を食い出してから二十余年の間に習得されたものであった。序でに鳥渡《ちょっと》言っておくが、彼は、柔よく剛を制すという戦術《タクチック》を殆んど盲目的に信じていて、嫌疑者や犯人が手剛《てごわ》い人間であればある程ますますおとなしい調子で話しかけるのが習慣であった。今の口の切り出しかたで見ると、彼が今村を余程油断のならぬ敵手と値踏みしていることは確実といってよいのである。
課長の戦術は、初心な今村に対しては殆んど催眠術のような効を奏した。第一印象に於て、彼はすっかり課長の柔和な人品に打たれたのである。何か自分に犯行があったら、すっかりこのお方に白状してしまいたいような気持ちになった。この人を喜ばすためになら何かちょっとした罪くらいなら犯してもよいと思
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