と現在の自分との連絡をはっきり自覚することができなかった。不面目きわまる現在の自分の姿が、見知らぬ悪漢か何ぞのように客観視された。彼は自分で自分を笑ってやりたいような気持になった。「ざま見ろ」というような痛快な感じが心のどこかから湧いて来るのであった。
 室の中央には、数百年来そこにおいてあった彫刻か何かのような、その場にふさわしい恰好をして、板倉《いたくら》刑事課長が悠然と腰をおろしていた。彼は(こんなことは言う必要がないかも知れぬが)前の晩にまだ四つになったばかりの末娘をどの女学校へ入れるかというくだらん問題について夫人と衝突し、十一時頃床へは入るまで不機嫌であったところへ、ちょうど眠入りばなを本庁から電話で起されたのであった。「何だ今頃?」と彼は叱るように電話口で答えたのであった。
 当番の警部は、つい今しがた、京橋の浅野護謨会社の事務所で、小使が頭部を打たれて惨殺されているのが社長に発見されたこと、ただちに管下に非常線を張ったこと、現場へはただちに判検事及び係りの警官や警察医が臨検に向う手筈になっていること、犯人は当夜夜勤をしていた今村という事務員に嫌疑がかかっていることなどを
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