妙を私たちは感得して驚歎するであらう。
 ハクスレーが、アルプス山は地殻の冷却による収縮によりて生じたものであるといふ地質学の真理は、アルプス山に対する登山者の崇高の念を少しも減殺するものでないと言つたのは至言である。
 文学に就いてもそれと同じであつて、私たちは、文学作品を享楽し、鑑賞することはできるが、そのほかに、それが発生する根拠、それが進化してゆく様態を、科学的に研究し、理解しようと努力することも決して排斥すべきことではなくて、むしろ、その方が重要な位である。ところが最近では、さういふ方面の研究に一歩でもはいらうとすると、彼れは文学がわからないのだときめられてしまうのである。
 勿論鑑賞的批評も重要であるし、それも今の日本にはかけてゐる。私は、みだりに過去を追慕する人にはくみしない。過去は、個人について言つても、どんなに苦しい、醜い過去でも、たゞ過去であるがためになつかしまれるものである。過去を考へる場合ほど、私たちに冷静な厳正な判断の必要であることはない。それにもかゝはらず、私は、最近の批評が一向進歩してゐないといふ説、むしろ退歩してゐるといふ説には一面の真理があることを否定
前へ 次へ
全18ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平林 初之輔 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング